愚の骨頂私

2008年5月26日 友達
ああああああああすみませんんんんんんん。

8月6日の記憶

2006年8月8日 友達
広島の平和記念式典の日、皓凛ちゃんとSちゃんと会いました。
ありました(怒怒怒)

ものおもう

2006年1月6日 友達
幼稚園のころからのお友達に、偶然勤め先で会いました。
以前から私がここでバイトしていることを知っていたらしく、結構頻繁に来ていてくれたそうなのですが、今までタイミングが合わず(それもそのはず、最近平日のディナーにはとんと出ていない)会えなかったとのこと。
メアドと番号を教えてもらい、その晩はメールを行ったり来たりさせてました。

小学校時代は、彼女と一番よく遊び、よく喧嘩した。
お互いの家への行き来も結構あった。
校区内で対極の位置に家があったにも関わらず(笑)。
中学にあがってからはクラスも別々になったし、高校に至っては全く違う学校に進学しちゃったけど、その間陸上部の活動を通じて出会う機会
はあった。
でも、高校卒業後は連絡もぶっつり途絶え、たまあに母親から「今日○○ちゃんを××で見たよ」みたいな報告くらいしか聞いたことがなかった。

髪も伸びていて、なんだか顔つきもおねえさんっぽくなってて、一つ年下の可愛い彼氏と一緒にお食事してた。

自分の中で彼女がどれくらいの位置付けにあるか、あんまり考えたことは無かったけど、
出会えてこんなに興奮したってことは、つまりそれなりに大切な友人の1人だったのかもしれないな、と。

春にこっちに帰ってくるお友達とともに、小学校時代の恩師に会いに行く約束をした。
楽しみだ。凄く。


ちょっと思った。
昔の私は凄く(今以上に)淋しがり屋で、しかもそれが大概よろしくない形で表面に出てくる子だった。
いじめは嫌いだったし、何だかんだ言って私の学年は超少人数クラスで平和な方だったから、まあ陰口叩くくらいがせいぜいだったけど。
いわゆる嫌われ者の子っていうのが、イコールいじめをする子だったと思う。ものを隠したりとかね。
まあ自己顕示欲みたいなものだったんじゃないかとも思うけど。

とにかく集団の中で一人ぼっちになるのが怖くて、誰かといようとしていた記憶がある。
自分でも「強引だな」と思うことは多々あったけど、そうしないと「友達のいない寂しい子」になってしまうから。

そしてそれは、相手にとっても自分にとっても非常に疲れることだったわけです。

少なくとも男子には嫌われてただろうなあ笑。
一言で表すにはちょっと難しい性格だけど、男の子と張り合おうとするきらいがあったのは確か。

でも小学6年の時、ふっとそんな自分に嫌気がさした。
「一人でもいいじゃん。がつがつしてみっともないったらありゃしない!」

凄くよく覚えてる。
放送室で担任の先生と個人面談をしていて、友達関係についての先生からの質問に
「ああ、それはもういいんです。もう平気です」
ってあっけらかんと答えてた自分。
強がりでも何でもなく、本当にそう思っていたから。

それからひとりでいることがこわくなくなった。
自然体にしてれば、周囲から声を掛けてきてくれることもわかった。
今の状況に自分はお呼びでないな、と分かったら、おとなしくしてることも覚えた。
わたしひとりの「好き」が大きくても、相手に同等量の思いを求めずそれを制御しながら付き合う術も手に入れた。

高校生になって、それはもっと違った形で私の中に変化を齎した。

人にはそれぞれが一番大切にしたい存在があって、そしてそれが私であるはずはなくて、私はそれに落胆してはいけない。
少しでもわたしのことを心の中にとどめていてくれるなら、それだけでいい。
わたしはみんながだいすきなんだから、それでいい。
報われない恋でもかまうもんか!!(笑)

それを忘れて我儘になりそうな時は、自分から一人になって反省してた。
後日、友達もそういう時の私には敢えて話し掛けないでくれていたことが判明し、改めて感謝したっけ。

ああ、やっぱり私はみんなより長生きしたくない。
もうお話できないみんなになんて会いたくない。
それだけが唯一の我儘だ。

ああんもう、愛してるぜちくしょー!!!爆